ネオンピンクの朝焼けを

 絵の具をたっぷりつけた筆がキャンバスの上を走る。迷いなくピンクの軌跡を残し、またパレットの上に舞い戻る。
 先輩は、僕のことなんて忘れたように、ただ黙々と筆を操っている。僕はその手元を目で追いながら、部屋の隅でじっと息を殺す。
 燃えるように赤い森、海のように青い家々、金色に輝くコンクリートジャングル。あちこちに散らばる絵は、どれも先輩が描いたものだ。どれもこれもすべて、デッサンが狂っていたら何を描いたか分からないような、奇抜な色使いをしている。
 今日は一心不乱にピンクを塗りたくっていた。どうやら街と空を描いているらしい。
 写真に徐々にピントが合うように、ぼんやりした色の集合体が景色に変わっていく。白い筋が光になり、ピンク色に染められたビルが質量を増す。
 先輩の前には本当はもう絵があって、それをなぞってみせているだけなんじゃないか。そう思わずにいられないほど、その手つきには迷いがない。
 街に影が落ち、雲が輝く。
 地平近くの太陽が、空を、建物を染めていく、眩しい空。
 朝焼けだ。理由もなくそう思ったとき、先輩はそっと筆を置いた。A4サイズのそれを無造作につかむと、窓に掲げる。ネオンピンクに彩られたキャンバスに影が落ちて、それでも空の眩しさはそのままだった。
「ねえ、これ、何色なの」
 先輩は、決まってそう聞く。
 僕は答えに詰まって先輩の顔を見た。丸い瞳が、まっすぐに僕の方を見ている。
 先輩の目には、赤が青に、青がピンクに、すべての色があべこべに見えるのだという。原因不明の病は、絵を描くことだけが生きがいだった先輩の将来を奪っていった。
 僕は声が震えないように、慎重に口を開く。
「朝焼けの色です」
 先輩は目を細めて、もう一度キャンバスを見た。
「……うん」
 さびしそうに笑って、キャンバスを放り投げる。朝焼けは壁にぶつかり金色の街の隣に落ちて、そうしてそのまま動かなくなった。

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